感情を感じきるとか味わうとか。
おはようございます。
東京は雪がふって大変な週末かと思いきや…
めっちゃいい天気です。( ̄▽ ̄;)
さて、今朝感情を感じきるとかそんな話があったので、改めてブログに書いてみようかなと思い、筆をとった次第であります。
スマホで書いてるから、とる筆なんてないんだけどね。笑
感情については、感じたほうがいいというのが定説だと思うのですが
感情を『感じる』ことについては、もうそれぞれ個人の身体の感覚によるものなので
方便として、感じきるとか、味わうとか、そういった言葉があると思うんですが
僕の感覚でいうと、感じきるよりも、ただ感じたほうがいいなぁと思っています。
『感じきること』と、『感じきろうとする』ことは似て非なるもの。
腕もつねられたときに、痛みを感じますよね?
だけど、わざわざ痛みを感じにいかなくても、つねられた瞬間痛いし、痛みはそこにあるじゃないですか。
だから、感覚は感じにいかなくても、ただ感じることができます。
やっぱり感じきろうとすると、感情という自分がそう捉えてるものに対して、ある種のフォーカスが生まれるんですよね。
そして、そのフォーカスしたものに対して、何だかの変化を意識的にさせようという力が働くように感じています。
その感覚、感情は見ていたら消えるハズだ…!
とか
感じきったら、なにか起こるハズだ…!
みないなやつです。
(去年死ぬほどやった笑)
といっても、これも一つのアプローチにすぎないのですが、その感覚や、感情はたしかにいま、あなたの中にあるものじゃないですか
だから、それを変えようとか消そうとせずに、あなたがただ感じてあげればいい。
ラーメン食べたいって言ってるのに、お菓子とか玄米とかサラミばっかり出てきても、なんにも嬉しくないじゃないですか。
むしろ、テメエこんにゃろみたいになるじゃないですか。笑
その感情は、あなたの声です。
だから、あなたが聴いてあげればいい。
途中で話を遮らず、あなたの声にならない声を、あなたが最後まで聴いてあげればいい。
そうしたら、自然とやみます。
泣いた赤ん坊が、泣き止むように。
では、またー!