正しさの壁、正しさの斧
自分の正しさを振りかざすことは、ときに周りと壁をつくる。正しさという斧を振りかざすと周りから人がいなくなる。本当のコミュニケーションとは難しい。大切なのは、相互理解なんだなと最近思う。お互いが理解しあえなければ、その正しさは砂で出来た孤城だ。
こんなことをつぶやいた日の夜、一緒に仕事をしている人からなにやらいいたげな感じで電話がかかってきた。
少し前から僕に引っ掛かかってるのはわかってたけど、どうやら僕の提案した企画が発端で我慢できなくなったらしい。
お互い育ちも違ければ価値観も色々あるし、だからこそ相手の言ってることも尊重できたから、お互いに感情的にならず落ち着いて話ができた。そして改めて同じ方向を向せたおかげで、きちんと分かり合うことができたし、これから一緒に仕事をしていく上で、いい関係が築けたような気がした。
こういうことがあったときに、昔は自分の正しさを振りかざしていた。論理的に、相手が反論できないように、正論というマントを身につけて、相手を屈服させようとしていた。
でも、それは悲しいことだ。
それは、話し合いでも、分かり合うことでも、コミュニケーションでもなかった。
自分が正しいと思ってることを否定されると、なんとなく自分全体が否定された気がするけどそんなことはなくて、そんな自分を守りたいから、逃げたり、避けたり、相手の悪口を言いふらして、自分の立場を守ろうとする。
でも理解せずに相手を避けることほど悲しいことはない。
違う人間だから分かりあえないこともあるけど、だからこそ分かりあえたときの力は大きい。本気で理解しようとすれば、お互いに受け入れることができるはずだ。
そんな風に思っていたら、いろんな人が、会話という形をとって、自分の正しさを話したいだけな場面が多いことに気づいた。
先週まで自分もこうだったんだろうなぁと思いながら聞いていたけど、これでは会話ではなく、一方通行だなぁと改めて思う。
この価値観も他人に押し付けることはしないけど、そう思ったら自分はいままでとは違う観点で話ができるようになったので、今回はとてもいい経験になったなぁ。
これからいろんな人と、いろんなコミュニケーションを楽しみながら生きていけそうです。
ではまた!
論破といえば、この人…笑